宮沢賢治作品「人首町」の詩碑、地区民の力で建立。桜満開、青空に鯉のぼり泳ぐ壇ケ丘で、和やかに式典。

宮沢賢治が人首町を二度目に訪れたのは、大正13年3月24日である。その日は勤務先の花巻農学校の卒業式の翌日で、釜石線鱒沢駅で下車し、鮎貝を経て五輪峠を越え人首町の菊慶旅館に投宿している。大正6年も含め2度目の投宿。
翌日25日早朝菊慶旅館から人首町を眺め、人首橋付近で五輪峠方向を眺めながら周辺を散策し、「人首町下書き稿」を記したと思われる。
いつかは建立したいと思い続けていましたが、昨年の夏に会員からの提案で詩碑建立実行委員会を立ち上げました。目的は①子ども達・地域の人達の賢治作品への入口となり、やがて文学への一つの道筋になっていくこと②世界の賢治ファンの「詩の散歩道」の一つに③やがて来るであろうILCの研究者の方々を迎える文化的基盤作りの一端にもなることでした。又、今年は宮沢賢治生誕120年の記念すべき年でもあるということもあり、新たな一歩を踏み出すことができました。

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