大正6年9月3日 賢治一行 伊手―種山ヶ原―人首
<古歌葉(こがよう)のマサばあさんの「宮沢賢治」の自慢話>
マサばあさんは、よく宮沢賢治との出会いを自慢げに話していたという。
約100年程前、宮沢賢治が大正6年(1917)江刺郡から依頼された地質調査のために江刺を訪れた時の話である。彼らは8月30日友人3人と江刺入りし、9月3日伊手⇒種山ヶ原⇒人首の調査で古歌葉を訪れた時、マサさんが人首川(古歌葉川)で洗濯をしていると、黒っぽいマントの様なものを羽織った若者達が上ってきたという。一行は盛岡農学校の宮沢賢治を中心とする調査隊。
その日は伊手の旅館を出、鶯峠を越えて古歌葉の部落にさしかかった時のことである。古歌葉には鉱山の入口がある。
賢治は子どもの頃は通称「石っ子賢さ <古歌葉。良い地名でしょう>
ん」と言われるぐらい石に関心があったという。当然この辺には色んな石があることも知っていた。川沿いの道を進むと、川で洗濯をしているマサさんを見つけて、駆け寄り、話しかけてきたという。
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