ニホンオオカミと判明。米里にも昔、ニホンオオカミが!

宮沢賢治作品に「狼森と笊森、盗森」があります。その狼が、米里にも住んでいたのかどうか疑問でした。

しかし、米里字下大内沢の千田佐一さん宅に伝わる獣頭骨の一部がDNA分析の結果、ニホンオオカミのものと判明しました。和牛を飼育している佐一さんが、長年懇意にしていた愛宕の獣医師菊池さんの図らいで、岐阜大学石黒直隆教授に鑑定を依頼していただいたお陰とのこと。根付として使われていたということは、山仕事の際のお守りだったのだと思います。米里にもオオカミが本当にいたとはびっくりです。

確かに白山神社の白山堂東斜面には、狼穴(おいのあな)という所があり、山本川の上流や物見山の北側には狼が寝そべった狼岩という平らな岩があります。五輪峠には、オオカミに食べられた一家の話も残っています。また、狼に襲われて亡くなった方を弔った石仏が種山ヶ原の監視小屋のそばに立っています。中屋敷には風習として、1月14日の晩に餅2切と煮干し2匹を、5月4日の晩には白いおにぎりを狼に供えていたと言います。子供たちは、「それを道端に置いたら絶対後ろを見るな」と言われ、道端に置くと「山の旦那さま、あげまーす」と叫んで逃げて帰ってきたといいます。それほど、狼への恐れがあり、その反面畏敬の念もあったのでしょう。中郡地区には、向平当に明治36年に衣川の三峯神社から分霊勧請した三峯山があり、毎年旧暦3月19日に講中から3名の代参人を派遣し、ご祈祷を受け、御神符を拝載して帰りました。そして、その夜講中一同が参集し、直会を開き、御神符の分配と代参人の引継ぎを行なわれるという風習があり、今なお続いています。

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秋の種山ケ原

物見山、アメダス。
昔は全面野芝だったという。人間の無力さを感じる。

岩手山がかすんで見えていました。

牧草の収穫に充孝さんが頑張っていました。

星座の森 11月15日で閉館。でもキャンパーが来ていました。

山梨の実が今年は甘い。霜がありると甘くなる。懐かしい。秋グミも小さな実をいっぱいつけた。

「山と川を守る」取り組み30

ねらい:保水力のある広葉樹を植え、水害を抑え、色んな魚の生息できる水量の多い川にしよう。

北上山地南部でブナの原生林が残っている所はほとんどない。しかし、「種山ヶ原」の西側に位置する大森山と笹野田地区にわずかにブナ林が存在する。5年前に人首小学校の1・2年生と笹野田にブナの実拾いに行って、その実を植えたら、見事に芽が出ました。
しかし、それからが大変でした。虫がついたり、水やりを忘れたりで、一向に生長しません。今年から、プランターではなく、山際の野原を借りて、植えることにしました。来年から、楢の木にも挑戦しようと、子ども達を案内するために、種山ヶ原周辺のどんぐり調査をしましたが、全く見つかりませんでした。多分鹿等のえさになっていると思う。むしろ町場で見つかった。鶴田清さんもいっぱい見つけてくれた。

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第5回星の楽校

12月8日奥州宇宙遊学館で行われた、クリスマスコンサートと星空観望会「スバルの星を数えてみよう」に15名が参加。ポラーノ室内合奏団がクリスマスソングを中心に演奏。とても素晴らしかった。しかし、雪が降り、観望会は断念。しかし、最後に願いを込め「星に願いを」を演奏してくれたのですが、外に出ると星がきらめいてきました。しかし、後の祭りだ、残念。帰路、車を止めて夜空を見た。きれいな星空でした。スバルもキラキラ輝いていました。

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講話会「日本の文学を守った人―佐伯郁郎」

10月26日午後6時から人首文庫において標記講話会を開催し、佐伯郁郎(本名慎一・米里出身)先生の生き方についてお話をしていただきました。村山氏はこれまで人首文庫を訪れ、佐伯郁郎の生涯を研究し、昨年度千代田区図書館で企画展「文学のわかる検察官―佐伯郁郎について」を4ケ月間開催しました。今回村山先生が盛岡で開催される研究会に出席する途中、人首文庫を訪れるということで、講話会をお願いしたところ快くお引き受けいただきました。

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