『五輪峠』
「下書稿(二)手入れ/春と修羅第二集 一九二四・三・二四
(二)
宇部何だって?……
宇部興左エ門?……
ずゐぶん古い名前だな
何べんも何べんも降った雪を
いつ誰が踏み固めたでもなしに
みちはほそぼそ林をめぐる
地主ったって
君の部落のうちだけだろう
野原の方ももってるのか
……それは部落のうちだけです……
それでは山林でもあるんだな
……十町歩もあるさうです……
それで毎日糸織を着て
ゐろりのへりできせるを叩いて
政治家きどりでゐるんだな
それは間もなく没落さ
いまだってもうマイナスだらう
向ふは松と岩との高み
その左にはがらんと暗いみぞれのそらがひらいてゐる
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