「五輪峠」詩群③ 

『五輪峠』

「下書稿(二)手入れ/春と修羅第二集  一九二四・三・二四

(二)

宇部何だって?……

宇部興左エ門?……

ずゐぶん古い名前だな

何べんも何べんも降った雪を

いつ誰が踏み固めたでもなしに

みちはほそぼそ林をめぐる

地主ったって

君の部落のうちだけだろう

野原の方ももってるのか

……それは部落のうちだけです……

それでは山林でもあるんだな

……十町歩もあるさうです……

それで毎日糸織を着て

ゐろりのへりできせるを叩いて

政治家きどりでゐるんだな

それは間もなく没落さ

いまだってもうマイナスだらう

向ふは松と岩との高み

その左にはがらんと暗いみぞれのそらがひらいてゐる

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「五輪峠」詩群②

『五輪峠』

「下書稿(一)手入れ/春と修羅第二集  一九二四・三・二四

「何べん降った雪なんだが
いつ誰が踏み固めたでもなし
みちのかたちなってゐる」
雪みちがぼそぼそとして
雑木林の肩をめぐれば
向こうふは松と岩との高み
その左には
がらんと暗いみぞれのそらがひらいてゐる
そここそ峠の下り口だ
「あれがほんとの峠だな
いったいさっきのあの楢の木の柵にある
あすこを峠とおもったために
みちがこんなに地図に合わなくなったんだね」
藪が陰気にこもってゐる
そこにあるのはまさしく古い五輪の塔だ
苔に蒸された花崗岩(みかげ)の古い五輪の塔だ

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